歴史・沿革

 昭和20年4月創設の鹿児島工業専門学校機械科として発足した当学科は、昭和24年4月鹿児島県立大学工学部機械工学科に移行した。その後、国立鹿児島大学へ移管(昭和30〜33年)され現在に至っている。その間、昭和34年には専攻科が設置され、昭和38年機械工学第二学科が増設された。昭和43年に大学院工学研究科(修士課程)機械工学専攻・機械工学第二専攻が設置され、これに伴い旧専攻科は廃止された。
 県立大学時代の当学科は、学科目制で、「材料及び材料力学」、「熱及び熱機関」、「流体及び流体機械」および「機械設計及び製作」の4学科目から構成されていた。昭和38年4月に機械工学第二学科が増設されたが、それに伴い機械工学科は、「材料力学」、「蒸気工学」、「水力工学」および「機械工作」、機械工学第二学科は「材料工学」、「内燃機関工学」、「流体工学」および「精密工学」の合計8学科目構成となった。
 平成4年の学科改組により、機械工学科、機械工学第二学科は統合され機械工学科として一本化された。同時に8小講座制から「生産工学」、「エネルギー工学」および「機械システム工学」の3大講座制へ移行した。さらに、平成6年4月大学院工学研究科博士後期課程の設置に伴い、従来の修士課程は博士前期課程機械工学専攻となり、従来の3大講座は現在の「設計生産システム工学講座」と「エネルギーシステム工学講座」の2大講座となった。
 なお、平成23年3月現在で、学部卒業生は、4,262名に達している。

鹿児島県立工業専門学校時代
(昭和20年4月〜)
国立鹿児島大学へ移管
(昭和30年〜)
鹿児島県立大学工学部機械工学科時代
(熱及び熱機関) (昭和24年〜)

 岩崎 興八郎氏の銅像

 昭和18年、造船・重工業に関与せし岩崎氏は鹿児島における工学部門の高等教育機関の必要を時の県知事に訴えこれを説く。乃ち私財をなげうち鹿児島県立工業専門学校の設立に預かって甚だ力あり (銅像の碑文より)

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